スーパーマリオとiPhone・iPod touchの関係を勝手に想像する
物理の法則
かつて、スーパーマリオブラザーズというゲームがあった。(自分も含めて)多くの人がそのゲームにハマって、空前のヒット作となった。その当時は分からなかったが、今思い返してみると、マリオの世界は、物理法則に忠実に従っていた。
- 放物線を描いていた。
- ジャンプした時、上昇スピードはだんだん遅くなり、落下スピードは重力加速していた。
- ブロックにぶつかると、そこで動きは止められた。
- 大きなマリオはジャンプでブロックを破壊することもできた。
- 破壊されたブロック破片も、パンチで見つけたコインも、放物線を描いた。
- マリオは急に止まれない。
- そして、走りながらジャンプすると、より高く、より遠くに飛べた。
- ジャンプの大きさは、Bボタンを押し続ける長さでも調節できた。
- ステージ最後の旗のポールに、微妙な距離で加速ジャンプすると、より高い位置に届いて高得点を狙えた。
- 加速ジャンプしないと登れない場所、行くことの出来ない隠し部屋があった。
- 水の中
- スーパーマリオ状態
- スーパーキノコをゲットすると、マリオは2倍の大きさに成長する。
- マリオが大きくなる時のアニメーションも分かり易かった。(小さくなる時も)
- 大きくなっても、下矢印キーでしゃがむことが出来た。
- しゃがむと身長が半分になる。走る時の慣性と組み合わせて、小さな入り口を通過することもできた。
記憶のままに書き出してみたが、マリオの世界には、現実世界の感覚がそのまま通用したのだ。走っているマリオが止まる時のアクションとか、泳ぐ時の吐息の泡とか、すごく細かい、たぶん今までどうでも良いと思われていたことも、忠実に再現していた。しかも、全てのイベントは、アニメーションとして、変化の最初から最後までちゃんと伝えてくれる。
そうゆうことが積み重なって、十字キーとA・Bボタンというシンプルなコントローラーで操作するマリオは、そのうち自分の分身であるかのように感じてしまっていた。指の第一関節が痛くなるほど、ボタンのゴムが経たる程、食事も忘れて熱中してしまった要因は、そこにあるのかもしれない。
人間は、無意識で当然と思い込んでいる感覚を再現されると、例えそれが擬似的に作られたものであっても、現実世界のように感じてしまう...。少なくとも、自分はそうだった。
そして、スーパーマリオと同じことは、iPhone・iPod touchにも言えるのではないだろうか。iPhone・iPod touchは、使っていて気持ちいい。その気持ちよさはどこから来るのか考えてみると...
- スクロール
- 指の動きに連動して加速され、その後、少しずつ減速して止まる。
- つまり、慣性の法則が働いている。
- 左右のページ移動
- 指をはらった方向に、ページ移動する。
- ページの動きは、指の動きとスピードに完全に連動している。
- やはり、慣性の法則に従った動きをしている。
- オンオフボタン
- 左右にスライドする動きがちゃんと見える。(途中の変化もちゃんと見える)
- 回転
- 本体の向きを変えると、画面の表示も合わせて切り替わる。
- 回転途中の様子も、アニメーションで再現されている。
iPhone・iPod touchも徹底的に細部にこだわり、フィードバックをアニメーションとして返している。そのアニメーションはすべて物理法則に従っている。無意識に働きかけられて、自分の指が、まるで魔法の指になったように錯覚してしまうのだ!
UIを直接触る
スーパーマリオ
- 指でコントローラーを操作して、画面の中の世界を、マリオが自在に動く。
- マリオが行動すると、マリオの世界に影響を与えて、様々なイベントを引き起こす。
- ゲームの目的は、ステージ最後までマリオを移動すること。
- ユーザの意思は、以下のように伝播する。
- 指→コントローラ→マリオ→マリオの世界
MacBook(今までのパソコン)
- トラックパッド上で指を動かして、画面の中の世界を、ポインタで操作する。
- 書類はウィンドウの中にある。
- 書類をスクロールする時は、ウィンドウのスクロールバーを動かす。
- ユーザの意思は、以下のように伝播する。
- 指→トラックパッド→ポインタ→ウィンドウ→書類
iPhone・iPod touch
- ユーザの意思は、以下のように伝播する。
- 指→書類
スーパーマリオやMacBookの操作に不満はないけど、iPhone・iPod touchは、さらに直接的に操作する思想で設計されていることがわかる。指でダイレクトに操作している感触は実際、操作している画面が、リアル世界のiPhone・iPod touchの一部であると錯覚させてしまう。リアル世界のボタンであるスリープ・ホーム・音量ボタンと、画面に描画されるボタンやキーボードとの差を、ほとんど忘れて操作している自分がそこに居る。
ハード性能とか、歴史とか
スーパーマリオを動かすファミリーコンピューターに搭載されていたのは、6502というCPUであった。(1983年:ファミリーコンピューター発売、1985年:スーパーマリオ発売)ちょうどこの数年前には、アップルコンピュータが発売したパソコンApple IIが大ヒットしている。やはりCPUは、6502だった。6502は8ビットCPUで、クロック3.5MHzで動作していたようだ。(ファミコンの場合)
今時のコンピュータによくあるGHzではない。単位を合わせて比較したら、0.0035GHzになってしまう。なんだかもう、ほとんど0みたいな動作スピードだ。そして、画面の解像度は256x240ドット。下手すると、今時の携帯電話よりも低解像度だ。色も、52色の中から数色を選択して利用する方式で、かなり制限されていたようだ。そんな制約の中で、物理法則が忠実に守られた世界で、マリオが自由に動き回れるGUIが出来てしまったことは、奇蹟のように感じる。
そして、マリオが生まれるちょうど1年前の1984年に、アップル初のマウスを使ったGUIパソコン、Macintosh 128Kが発売された。(市販されたGUIパソコンという意味では世界初なのかな?)CPUはより高性能な68000の8MHz、解像度は512x342ドットだったらしい。但し、ファミコンと違って白黒だった。やはり、その当時としては最高レベルの性能だったのかもしれないが、今から考えると、相当制限されたハード性能の中で、創意工夫で、奇蹟のGUI環境が創られたのだ。
当時のパソコンでは、GUIが一般的になるまで、文字(キャラクタ)と画像(グラフィックス)は区別して処理されていた。文字の描画には専用のハードウェアが用意されていた。そうしないと表示が遅過ぎてしまうから。ファミコンだって、マリオの描画にはストライプ機能(8x8のキャラクタを4個、あるいは8個、組み合わせて表示しているらしい。)が使われていた。ところが、Macintoshはすべてを画像(グラフィック)として処理していた。文字と画像の区別はない。文字も画像なのだ。しかも、ハードウェアに頼らずに、全てをソフトウェアで実現していた。
スーパーマリオも、Macintoshも、当時の技術の、様々な制約の中から生まれた。そして、時代と共に技術は進歩し、より高性能な、制約が解き放たれる方向に進化して来た。プレイステーション3でゲームは映画のようになり、MacBookのアイコンは、写真のように美しくなった。解像度は縦横2000ドットを超え、巨大なモニタに広大なデスクトップが出現した。しかも、フルカラー1677万色は基本スペックだ。CPUの動作クロックも2GHz・3GHz(2000MHz・3000MHz)当り前な時代である。しかも、マルチコアなのである。制約がなくなれば、ゲームもパソコンも、もっと面白く、快適になると考えられていたのかもしれない。
ゲームの世界が、よりリアルな3Dの世界を再現する方向に向かっている時、2004年にニンテンドーDSが発売され、転機は訪れた。ニンテンドーDSは、CPUは67MHzで動作し、画面の解像度も256x192ドットが2枚、とファミコン時代に戻った感じだ。しかし、複雑怪奇な高性能なコントローラーは採用せずに、昔ながらのシンプルな十字キーとボタンのみ。追加されたのは、ペンで操作するタッチセンサーだ。2画面のうちの下の画面は、文字を認識したり、絵を描いたり、紙を使う感覚で操作できる。程々のハード性能ながら、誰もが簡単に操作できるゲーム機だった。
ゲームソフトも、今までのいわゆるゲームっぽいゲームではなく、学習するとか、トレーニングとか、クイズ、特に目的もなくキャラクターを育てるとか、あらゆるジャンンルで、子供だけでなく大人も楽しめる、型にはまらないソフトウェアが登場した。ソフトウェアとして面白いことは、程々のハード性能でも十分楽しめるということを教えてくれた。考えてみれば、今から20年以上も前、ハードウェア性能が1/1000程度のマシンでも、スーパーマリオは文句なく楽しかったのだ。
2008年、iPhone 3Gは世界に向けて発売された。2009年、iPhone 3GSが、コピー&ペースト機能を実装して発売された。コピー&ペースト機能を実装したことにより、閲覧中心の端末から、情報を積極的に編集できる手のひらパソコンになりつつる。
制約が快適を生む
iPhone 3GS | MacBook ホワイト | |
---|---|---|
CPU | 0.6GHz | 2.1GHz コア2 |
メモリ | 0.25GB | 4GB |
画面 | 320x480 | 1280x800 |
重さ | 0.135Kg | 2.27Kg |
バッテリー | 連続通話・WEB閲覧 最大5時間 | 最大5時間 |
iPhoneは、MacBookに比べると、何もかもが小さい。小さいということは、持ち運び易い、という利点もあるが、一般的には、小さいが故に我慢を強いられるのが普通だ。ところが、iPhoneは小さいことを最大限活用して、逆に使い易さを生んでいる。
画面
画面が「小さい」ということは、一般的には最も不利な条件に見えるが、iPhone・iPod touchは「小さい」を武器にしている。
- シンプルな階層リスト形式のGUIで、目的の項目まで、素早く、移動できるようになっている。
- テキストを読む時も、視線移動が少なくて読み易い。
操作
小さな画面を効率良く操作するために、微妙な指の使い分けで、様々な入力を可能にしている。ニンテンドーDSではタッチペンが必要だったが、指で操作するiPhoneの操作は、さらに洗練されている。指先は高度な感覚を持っている。iPhoneのために考え抜かれた操作には、すぐに慣れた。指は、誰もが持つ、無くす心配のない、便利な入力装置になってしまった。
指技
- タップ(指で軽くポンと叩く動作)
- アイコンやボタン、位置を選択する
- ダブルタップ(連続2回タップ)
- ページの拡大・縮小
- 縮小が2本指タップの場合もある。
- ホールド(指で一箇所を押さえ続ける)
- テキスト編集で、レンズで拡大表示
- キーボードの拡張表示
- ホームのアイコンの移動
- ドラッグ(指で触りながら動かす)
- フリック(指で振り払うような動作)
- 上下のスクロールや、左右のページ移動でよく使う動き。
- スワイプ(指を水平方向になぞる動作)
- ピンチ(2本の指の間隔を、広げたり、狭めたりする動作)
iPhone本体
- 振る(iPhone本体を素早く振る)
- 曲のシャッフルや、操作の取り消し。
- 向きを変える(iPhone本体の縦横の向きを変える)
- 環境光センサー
- 画面の明るさを自動調節する。
- 接近センサー
- 電話をかけるため、耳に当てると画面を消す。(誤操作を防ぐ)
自分が意識的に行う操作から、iPhoneが感じ取って良きに計らってくれる操作まで、あらゆる動きは、無駄なく利用できるようになっている。
iPhoneもまた、携帯するために様々な制約を与えられている。しかし、その制約は同時に、iPhoneに快適さを与える役割も果たしている。ネットブックは普通のパソコンを小さくしただけの存在だが、iPhoneは小さくなる過程で設計思想まで変化させ、新たな操作感や価値観を創ってしまったのだ。性能は10年近く前のパソコンだが、ソフトウェアでこんなにも使い勝手が変わってしまうとは...。大事なのは、許されるハード性能の中で何を取り入れて、何を切り捨てるか、程々のハード性能を決めてデザインする、そのバランス感覚なのであった...と、スーパーマリオから始まるゲームの歴史を見て感じた次第。
追記
ところで、最後にこんな疑問が湧いた...。
- スーパーマリオやiPhone・iPod touchは、果たして人月計算管理で開発できるのだろうか?
- 任天堂やアップルの開発プロジェクトは、一体どんな仕組みで管理されているのだろうか?
今時、javascriptでスーパーマリオ風なゲームが出来てしまうらしい。