本の基本性能を考える
iPadを利用するようになってから、電子書籍というものを実際に何冊か読んでみた。意外にも紙の本と同じ感覚で引き込まれて、最後まで読書することが出来た。これは、iPadが極めて本の特性に近い感覚を作り出している為と考えた。
それでは、本の特性とは何か?と考えると、あまりにも身近過ぎて、空気のように当り前の存在で、その特性がなかなか思い浮かばないことに気付く。これはヨハネス・グーテンベルクの活版印刷以降、5世紀以上にわたって洗練され続けてきた「本」というシステムのUIが非常に優れている証拠と思える。当然のように感じて、誰もが何の迷いもなく使える仕組みは優れているのだ。
改めて、本の基本性能を絞り出してみた。(これ以外にもあるかもしれない)
ディスプレイ性能
- 最低でも300dpi以上の超高解像度。かなり小さな文字でも、にじみなく判読できる。
- 絵本のように見開きにした状態での閲覧を前提にしている場合もある。
- その場合、A4用紙を横に2枚繋ぎ合わせたくらいのサイズになり、フルハイビジョンでも及びもしない超ワイド・超高解像度になり、想像力をかき立てられる。
- 視野角が水平に近くなっても、色味はほとんど変化しない。
- バックライトは無し。薄暗い所での読書には向かない。
- プロの仕事として徹底的にカラーマッチングされたリアルな写真やイラストは美しい。
- 等倍表示のみ可能。拡大・縮小はできない。
携帯性能
- 携帯性に優れ、手軽に持ち運べる。
- 文庫本なら片手で読書可能。
- 混雑した電車内でも読める。(ラッシュピーク時は少々辛いかも)
電磁波
- 電磁波は発信しないので、優先席周辺、飛行機内でも利用可能。
持続性能
- 電源不要でいつまでも表示可能。
永続性能
- 表示されている情報は、基本的に永続データとして記録されている。
- 数百年、時には数千年の時を経過しても当時の情報を判読可能な場合がある。
動画再生
- 基本的に静止画しか表示する能力はないが、以下の方法により擬似的に動画再生が可能になる。
- ページ余白のコーナーに少しずつ変化させた絵を順に描き、パラパラと素早くページを切り替えて眺める。
- 通称、パラパラアニメだが、侮るなかれ、すべての動画再生の基本原理はここにあるのだ。
オーディオ再生
- 基本的にオーディオ再生機能はない。よって、パラパラアニメにも音声・音楽はない。
- 但し、ページをめくる時に自然発生する音については、静かな室内でなら聴き取れる。(唯一の効果音である)
本の構成要素
- 文節 = 単語 + 助詞で区切ることができる文字列。文字列の最後に「ね」つけて意味の通る最小単位の区切り。
- 文 = 句点「。」で区切られる文節の集まり。
- 段落 = 文が1つ以上集まった意味のある区切り。段落の先頭は字下げされる。
- 項 = 節をさらに分割したい時の区切りの単位。(利用しなくてもOK)
- 節 = 章をさらに分割したい時の区切りの単位。(利用しなくてもOK)
- 章 = 段落が1つ以上集まった意味のある区切り。章の先頭は、改丁あるいは改ページされて始まることが多い。
- 本文 = 章が1つ以上集まった1つの作品。
- 本 = 本文の前後に、帯・カバー・表紙・背中・内表紙・目次・まえがき・あとがき・索引 奥付*1等々の要素が付加され、一つの本が完成している。
UI
- 目次がある。
- 各ページ余白には目次のタイトル・本のタイトルが表示されている。
- 各ページ余白にはページ数が表示されている。
- 索引によって検索できる場合がある。
- ふりがながサポートされている。
- 禁則処理によって、自然な日本語表現で読める。
- 厚みによって、全体のボリュームが想像できる。
- 読書中に、見開き状態で左右の厚みの違いを見て、進捗状況を確認できる。
- スクロールではなく、ページ切替によって読み進める。
- 栞や付箋、あるいはページを折り曲げて、必要なページに目印できる。
- 背表紙によって、本棚に立てた場合でも識別できる。
- しなやかに湾曲させてパラパラと素早くページをめくることができる。
人間、生まれて初めて本をめくり始めるのは、たぶん2、3歳頃からだと思う。絵本を渡すと、大人の真似をしてページをめくろうとする。でも、上手にめくれず、数ページまとめてめくってしまうのだけど...。
その幼児が行うページめくりの動作は、掌をページに押し付けて、擦り付けながら横に移動させる方法。ページはかなり折れ曲がり、時には皺が付くこともある。でも、この方法は、iPadにおけるiBooksやi文庫HDのページめくりの動作に極めて近い。
実は、確実に1ページずつめくれる大人のやり方はちょっと違っていて、ページの上か下の淵に指をそっと滑らせて、1ページをつまみとってからめくる動作になる。
読み慣れた絵本をPDFに取り込んで、iPadのi文庫HDで開いて3歳の幼児に渡すとどうなるか?最初は本と違う質感に戸惑うが、一度でも絵本のようにめくる動作を見せると、あとはすべてを理解して自らページをめくろうとする。大人がめくろうとすると、自分にめくらせろと怒る。次回からは、iPadを見ただけで絵本だと思って、自分に貸せと要求する。
本のシステムは、幼児さえ一瞬で理解できる素晴らしいUIなのである。
余談だが、iPadではページの拡大・縮小も自在だ。絵本では小さな目立たないキャラも幼児の心を意外にもとらえていて、毎度毎度「これはなに?」と訊いてくる。そのキャラをピンチで大袈裟に拡大すると幼児は大喜び。そして、ピンチによる拡大・縮小ジェスチャーも一瞬にして自分のものにする。次回からは自分で操作して拡大しないと気が済まない。
iPadの基本性能
ディスプレイ性能
携帯性能
電磁波
持続性能
- バッテリーの持続時間は10時間。(Wi-Fiでのインターネット利用、ビデオ再生、オーディオ再生)
永続性能
動画再生
- 動画再生機能あり。(但し、Flashは再生できない)
- H.264ビデオ:最高720p、毎秒30フレーム、最高レベル3.1のメインプロファイル(最高160kbpsのAAC-LC)、48kHz、.m4v、.mp4、.movファイルフォーマットのステレオオーディオ
- MPEG-4ビデオ:最高2.5Mbps、640×480ピクセル、毎秒30フレーム、シンプルプロファイル(最高160KbpsのAAC-LC)、48kHz、.m4v、.mp4、.movファイルフォーマットのステレオオーディオ
- Motion JPEG (M-JPEG):最高35Mbps、1280×720ピクセル、毎秒30フレーム、ulawオーディオ、.aviファイルフォーマットのPCMステレオオーディオ
オーディオ再生
- オーディオ再生機能あり。
- AAC(16〜320 Kbps)
- 保護されたAAC(iTunes Store)
- MP3(16〜320 Kbps)
- MP3 VBR
- Audible(フォーマット2、3、4)
- Apple Lossless、AIFF、WAV
UI
- 各種の電子書籍アプリケーションは、本のUIを違和感なく再現しようとしている。
- 但し、以下のUIはサポートされていない。
- 厚みによって全体のボリュームを想像することはできない。
- 代わりに、ページ数で想像するしかない。
- 見開き状態で左右の厚みの違いを見て、読書の進捗状況を確認できない。
- 代わりに、マーカー・ページ数で確認できる。
- しなやかに湾曲させてパラパラと素早くページをめくることができない。
- 代わりに、スライダーや送り・戻りボタンによって、素早くページを移動することはできる。
- 厚みによって全体のボリュームを想像することはできない。
本よりも優れていると感じられる所
- テキストベースの電子書籍であれば、Web検索や辞書アプリと連携して素早く調べることができる。
- 読書を終了した状態が保持されるので、栞を挟み直す手間もなく、隙間時間に素早く読書を再開できる。
- 数百・数千冊インストールしようが、iPadの重さは680gで変わらず。本棚のような保存スペースも不要。
以上のように比較してみると、iPadもかなりいい線行っているように見える。特に、読むことに特化した文庫本などは、iPadとの差はほとんどないような印象を受けた。さらに今後、iPadも網膜ディスプレイ化(2400×1800ピクセル程度)されれば、紙との印刷品質の差はさらに縮まると思う。
しかし、紙の本にも捨て難い魅力はある。図書館や大型書店で圧倒的な量の本で囲まれたあの独特な感覚。古い紙やインクの香りが漂う独特の雰囲気。本棚を眺めながら、いくつもの本を手に取り、面白い本を見つけた時の感動。
紙でしか感じられない、iPadでは置き換えられない感覚というのもきっとあるのだ。テレビ全盛の時代になっても、映画はちゃんと残っていた。電子書籍全盛の時代になっても、紙の本も存在し続けるのだと思う。
一方、このあと電子書籍が本としてどこまで発展するのか?楽しみである。(個人的にはすべての本は電子書籍としても流通して欲しいと思っている。電子書籍には紙・印刷・配本・在庫のコストは不要だ。それらを考慮した価格で販売されると嬉しい)