「的を得た」と書きたい

ことの始まり

ブログを書いていると、微妙な言い回しに悩むことがよくある。記事を公開した時点で、全世界に公開することになるので、可能な限り間違った言い回しや、誤解を生む表現は避けようと、常日頃思っている。

      • このブログの記事中にソースコードが多いのも、少なくとも自分の環境で想定どおりに実行可能だったソースコードなら、一方的に間違った情報にはならないはず、と思っているからである。間違ったことを発信したくないという気持ちの表れなのである。

そんな中、ある時マルコフ連鎖の記事の中で「的を得た」という表現を使ったことがあった。自分の中ではこの言い回しに何の迷いもなく、この時はキーをタイプする手が途中で止まることもなかった。

乱数頼りの機械的な作業だけども、偶然にもそれらしく、かなり的を得た要約になっていたりするから驚かされる。(乱数に左右されるので、実行する度に違った要約になる。)

マルコフ連鎖で日本語をもっともらしく要約する - ザリガニが見ていた...。


ところが、ブックマーク経由で以下のようなコメントを頂いた。

s/的を得た/的を射た/
      • 上記はテキストを置き換えるsedコマンドの書式で、
      • 「的を得た」を「的を射た」に置き換える指定である。

調べてみると、2009年のこの時点で多くの辞書で「的を得る」は誤用という解説がされていた。あるいは、見出し語に「的を射る」しか存在しない辞書がほとんどであった。「的を得る」をなんの疑いもなく使っていた身としてはかなり衝撃を受けたのだが、信頼する国語辞典の多くが「的を射る」を支持している。長らく勘違いしていたが、とても勉強になったと思うべきである。この時はまた一つ利口になったと思った。記事中も「的を射た」に修正した。

> s/的を得た/的を射た/

  • なるほど。すごく勉強になりました。今まで何の疑いも無く「的を得た」を使っていたのでした。
  • http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C5%AA%A4%F2%C6%C0
  • それにしても自分は、54.3%(すでに過半数)の誤用している側の一人であったのだが...
  • さらに誤用率が上がれば、そう遠くない将来、「的を得た」も認める、という状況になってしまうかもしれない。
  • それは阻止するべきことなのか、それとも言葉の変化と捉えるべきなのか...
  • やはり、この日記を書いた時点での公式な正解、「的を射た」に修正することにしました。
  • s/的を得た/的を射た/についても、目から鱗(が落ちる)でした。ありがとうございました。
マルコフ連鎖で日本語をもっともらしく要約する - ザリガニが見ていた...。

但し、自分の中では「的を射た」にはすごく違和感があって、以来、この表現は避けるようになってしまった...。

      • 2009年に頂いたコメント「s/的を得た/的を射た/」は、素晴らしく簡潔でタイムリーなコメントであると思っています。
      • コメントによって、的を(得た|射た)を深く考えるきっかけになりました。
      • また、関連する言葉の問題も知ることができました。知識が広がりました!

時は流れて...

つい最近のこと「的を得る」も間違いではないという見解を知った!
2013年12月発売の三省堂国語辞典 第七版では...

  • 見出し語に「的を得る」が追加されたそうだ。
  • と同時に「的を射る」の項にあった「〔あやまって〕的を得る」の記述も削除されたそうだ。


  • 注目すべきは「的を得る」は誤り、という解説を撤回しているところ。
  • 時の流れによる言葉の変化によって「的を得る」が追加されたのではなく、従来から正しい日本語であった、と認められたのだ!


少なくとも三省堂国語辞典では「的を得る」も「的を射る」同等に認められたことが素直に嬉しい!(過去から遡って)

自分の感覚

自分がなぜ「的を得る」を自然な表現に感じるのか、考えてみた。(あるいは「的を射る」になぜ違和感を感じるのか)

利用頻度
  • 「得る」という言い回しには、様々な目的語をとって多彩な表現がある。
    • 例:信頼を得る、利益を得る、要領を得る、あり得る、など他多数。
      • ちなみに、「得る」は、「える」または「うる」と読む場合がある。
  • 一方、「射る」という言い回しは限定的で、自分では以下の3例ぐらいしか知らない。
    • 例:弓を射る、的を射る、ハートを射る。

自分にとってはよく使う「得る」という言葉の方が自然に感じ、使いやすいのかもしれない。

活用形
  • 実際に文中で利用する時は、ほとんどの場合「的を得た◯◯」「的を射た◯◯」という使い方をする。
  • 終止形の「得る」「射る」は、連用形の「得た」「射た」に変化している。
  • すると自分の感覚ではあるが...
    • 「得た」という響きは自然に聞こえるが、
    • 「射た」という響きはどうもしっくりこない。
  • その他の活用形もすべて書きだしてみると...
下二段活用 得ない 得よう 得ます 得た 得る 得るとき 得れば 得よ
上一段活用 射ない 射よう 射ます 射た 射る 射るとき 射れば 射よ
  • あくまでも自分の感覚だが「射ない」とか絶対に使わなそう...。
  • いや、もしかしたら「射る」は5段活用もありかもしれない。
五段活用 射らない 射ろう 射ります 射った 射る 射るとき 射れば 射れ
  • すべてに「的を」付けてみると...
下二段活用 的を得ない 的を得よう 的を得ます 的を得た 的を得る 的を得るとき 的を得れば 的を得よ
上一段活用 的を射ない 的を射よう 的を射ます 的を射た 的を射る 的を射るとき 的を射れば 的を射よ
五段活用 的を射らない 的を射ろう 的を射ります 的を射った 的を射る 的を射るとき 的を射れば 的を射れ
  • 「射る」の活用形がどうもしっくりこない。
  • 5段活用で「弓を」も加えてみると...
上一段活用 的を射ない 的を射よう 的を射ます 的を射た 的を射る 的を射るとき 的を射れば 的を射よ
五段活用 的を射らない 的を射ろう 的を射ります 的を射った 的を射る 的を射るとき 的を射れば 的を射れ
五段活用 弓を射らない 弓を射ろう 弓を射ります 弓を射った 弓を射る 弓を射るとき 弓を射れば 弓を射れ
  • あくまでも自分の感覚であるが、5段活用で「弓を」にした場合のみ、ありそうな言い回しに聞こえてきた。
  • 上一段活用の「射る」は、どちらかというと古典的な響きに聞こえる。
  • 「射る」という言葉の活用形は難しい。どのような言い回しが自然なのか、悩んでしまう...。
    • ちなみに「的を射る」の場合、「的を射抜く」に変更すると、すべての活用形で自然に感じる。
    • 「ハートを射る」の場合、「ハートを射止める」に変更すると、すべての活用形で自然に感じる。

「射る」の活用形の難しさが、「的を得た◯◯」を自然な表現と感じさせるのかもしれない。

願望

  • 果たして今後「的を得た◯◯」は市民権を得られるのだろうか?
  • これから様々な辞書が改訂版を発行するだろうが、その時「的を得た」の扱いはどうなるのだろうか?
  • 見守っていきたい。

いつの日かこのブログで、正々堂々と「的を得た◯◯」と書ける日が来ることを望んでいる。

  • もちろん「的を射た◯◯」も現状どおり使える世界を望んでいる。